風水で凶とされる環境の代表例に「T字路などの道路突き当りにある家(路冲殺)」といわれるものがあり、中国風水において路冲殺は「突発的な災い、事故、病気、また精神錯乱」などを引き起こす悪い環境だといわれるものです。(T字路だけではありません。L字路だとかI字路も同じです)
また、この路冲殺などは中国伝統風水における諸流派のみでなくインド風水バーストゥなどにおいても同じように凶として扱われるもので、いわば「風水」全般において悪いとされる形殺の代表と言ってよいものです。
そして、沖縄などの一部地域においていまもT字路などの突き当りにそうした悪い影響を軽減する目的で「石敢當(いしがんとう)」を設置する風習があることをご存じの方も多いことでしょう。ですがこの石敢當というものは、調べてみるとT字路だけでなく十字路などにも置かれていたりもするようです。
実際には中国風水においても十字路なども含めて交差点は重視されるもので、たくさんの技法において交差点からさまざまな意味を読み解きます。
こうしたことについて日本や世界各地の文化がこうした環境をどう扱ってきたのかを調べてみると、「三つ辻(T字路)、四つ辻というような道の交錯するところそのものを特殊な環境として認識する文化が非常に多い」ことが見えてきました。
交差点というものは世界中の文化圏で「生者の世界(ウチ)と死者の世界(ソト)を分かつ境界であり、「死者の魂」の影響力が及ぶところ、あるいは(それが生者にとって好ましいものであれ悪いものであれ)霊的な力の及ぶところ」とする見方が多いように思います。
そんなわけでこの記事では(また風水とは少し離れてるかもですが)交差点というものを日本をはじめとした各文化圏がどのように扱ってきた中で石敢當の役割があるのかという問題と、それに関連するものとしてブルース/ロック界で「十字路の悪魔に魂を売ってギターで大成した」と言われるロバートジョンソンのクロスロード伝説やそれに関連している・・・かもしれない27クラブについて考察をしてみたく思います。
わたしは中国伝統風水を専門に扱うものですが、この記事は三叉路、十字路など交差点をどのように各国の文化が扱っているのかという問題の個人的考察が主となる悪魔的長文です。
はしょって概要を書いておきますと・・・
十字路や三叉路といったものは、多くの文化において集落内と外の世界の境界の地として扱われ、病や災いをもたらす悪魔の住むところ、また神様のような存在に除災や子孫繁栄等を祈願する場所との信仰がある。
そして、交差点という場所は一定のルール下で願望を叶えてくれる超自然的な存在(あるいは呪術)を示唆する文化が確かにあり、そこには願望を叶える代わりに、その願う者にリスク、もしくは厄災を課すものでもあった。
そうした呪術的な儀式による成功が噂される例としてはファウストとメフィストフェレスの契約とクロスロード伝説を挙げることができるもので、クロスロード伝説の当事者であるロバートジョンソンは27歳で他界しており、その後にもロック業界においては偉大なミュージシャンが同じ年齢で夭折しているがそれらの噂の実際はもはや判明することのないであろう都市伝説です・・・。
中国風水はこうした交差点をはじめとした個々の空間が持つ神秘性について解明しようともした理論なのかもしれません。
というところでしょうか。
こんな感じの文章ですので風水に関する話のみ読みたい方は各節のタイトルなどを見ながら飛ばし読みして頂くと良いかもしれません。水木しげる先生や民俗学や神話論、あるいは60~70年代あたりのロックがお好きな方は全部読んでいただけたら笑
T字路等の魔物除け・石敢當(いしがんとう/せきかんとう)

沖縄、鹿児島県などの一部に現在も残る風習として、石敢當(いしがんとう、せきかんとう)があります。
この石敢當は、多くはT字路などの道路突き当りに見られるもので、こうした環境においては住宅に凶を呼び込む魔物が現れやすいとする信仰のもとにあるもので・・・
こうした道路の突き当りなどに「石敢當」などの文字が刻まれた石碑を設置することでその魔物からの凶を防ぐ意味があるとされるもので、中国の慣習が日本に伝わったものがその由来であるとされます。
その石敢當についてはウィキペディアに以下の記述があります。
沖縄県ではその存在意義や効果が未だに根強く信じられており、当地では丁字路や三叉路が多いことから、現在でも沖縄県の各地で新しく作られた大小様々の石敢當を見ることができる。
これらの地域では、市中を徘徊する魔物「マジムン」は直進する性質を持つため、丁字路や三叉路などの突き当たりにぶつかると向かいの家に入ってきてしまうと信じられている。
そのため、丁字路や三叉路などの突き当たりに石敢當を設け、魔物の侵入を防ぐ魔よけとする。魔物は石敢當に当たると砕け散るとされる。
ーウィキペディア「石敢當」から引用
ここで見られる「マジムン」は沖縄の言葉で「妖怪」や「悪霊」を指す言葉です。
このマジムンはどうやら直進しかできないという性質を持つもののようで、多くはT字路の突き当りに石敢當が設置されていることが多いものです。
(ただし、DEE OKINAWAさんなどの記事にもあるように、十字路などにもしばしば設置されているようです)
またこのマジムンは病や死などを司る魔物というようなイメージが近そうで、この石敢當についてはそうした状況を防ぐためにあるものです。
沖縄では1万基以上のものがあるとされ、沖縄ラボさんによると今もホームセンターなどで購入ができるようですよ。
・・・では、こうした「T字路や十字路から魔物がやってくる」という信仰のもとはどこにあるのでしょうか?
参考HP:ウィキペディア「石敢當」
読売新聞オンライン「丁字路の突き当たりに「石敢當」…鹿児島などに残る魔除けの風習、新たに設置する住民も」
沖縄ラボ「「石敢當」って一体ナニ?知れば面白い疑問を徹底調査しました!」
古代日本からの習俗における辻
こうした三叉路や十字路などの「道路が交差する地点」の古来からの見方を少し調べてみると、平安時代末期成立とされる「今昔物語」に次のような話があります。
ある身分の低い(下臈の)者が、四つ辻で女に会い、某民部大夫の邸までの道案内を頼まれるが、じつは、その女がその大夫に捨てられた妻の生霊だったと後になって判明する。
邸につくと、門が閉ざされているのに女は消えてしまい、しばらくすると中で泣き騒ぐ音が聞こえた。
翌朝尋ねると、家の主人が自分を病にさせていた近江の妻の生霊がとうとう現れた、とわめきたて、まもなく死んだという。
下臈が、近江までその婦人を尋ねると、御簾越しに謁見をゆるし、確かにそういうことがあったと認め、礼の品などでもてなしたという。
ーウィキペディア「生霊」から引用
(今昔物語「近江国の生霊が京に来りて人を殺す話」)
はじめに書いたように世界の様々な文化圏において交差点は「ウチとソトの境界」の役割を持つ場所だとされており、もちろん日本もその例外ではありません。
日本の伝統的な文化において、十字路や三叉路などの道の交差する箇所のことを「辻(つじ)」と呼びます。
ちなみにこの「辻」という言葉については、辞典などを調べてみるとわかりますがもともとは道路が交差するところ、つまり十字路のことを指す言葉であるとされます。「辻」という漢字一字の成り立ちも「道」や「歩くこと」を示すしんにょうと、「十字」を示す十の組み合わせから成立するもののようですね。
(ただし「三つ辻」という言葉が示すようにそうした原義から外れて「交差点」を指す言葉として使用されているというのが現在の状況かと。)
また、萩原秀三郎氏の「目で見る民族神 第三巻 境と辻の神」に次のような記述も。
ツジはサカイと同様に、顕幽(げんゆう)を分つ場所と考えられているから、道の辻に一種の霊威の存在することは認められていた。
辻占の習俗や赤児の名をつけるのにツジクレといって辻で名をつけてもらう習俗があるのも、そこが霊界との交通の場所と考えられていたからであるという。
確かに辻は盆竈(ぼんかま)や地蔵盆などの行われる場所であり、精霊との交信にふさわしい場所なのである。
ー萩原秀三郎「目で見る民族神 第三巻 境と辻の神」P22から引用
ここではまず日本の文化、慣習において三つ辻、四つ辻などの交差点がどのような役割を担ってきたのかいくつかの例を挙げながら、はじめはここに出てきた「辻占」から見ていきます。
参考HP:ウィキペディア「生霊」
参考書籍:萩原秀三郎「目で見る民族神 第三巻 境と辻の神」
辻占(つじうら)
はい、「辻占(つじうら)」です。その名のとおり、辻で行う占いのことを指します。
先に書いた通り、辻という場所は彼我の境界であるが故に、超越的な神秘性を持つ場所だとされていたようで、万葉集(奈良時代末期)にこの辻占の記述があります。
「ジョジョの奇妙な冒険」ファンの方々ならドラマ「岸辺露伴は動かない」で見られたことがあるかもしれませんし、映画「辻占恋慕」などを思い出される方もいるかもしれません。
そんな辻占についてのウィキペディア先生の解説はこちら。
元々の辻占は、夕方に辻(交叉点)に立って、通りすがりの人々が話す言葉の内容を元に占うものであった。この辻占は万葉集などの古典にも登場する。
類似のものに、橋のたもとに立って占う橋占(はしうら)がある。夕方に行うことから夕占(ゆうけ)とも言う。偶然そこを通った人々の言葉を、神の託宣と考えたのである。
辻は人だけでなく神も通る場所であり、橋は異界との境をなすと考えられていた。京都・一条堀川の戻橋は橋占の名所でもあった。後の室町時代以降の各忍術書においては同様に辻や橋下の往来の風聞が集まる所とし諜報活動の情報源とすべく虚無僧、山伏、行商人、浮浪者、辻占などに扮し常駐した。
大阪府東大阪市の瓢箪山稲荷神社で今も行われる辻占は、通りすがりの人の言葉ではなく、その人の性別・服装・持物、同行の人の有無、その人が向かった方角などから吉凶を判断する。まず御籤で1〜3の数字を出し、鳥居の前に立って、例えば御籤で2が出れば2番目に通った人の姿などを記録する。その内容を元に宮司が神意を伺うのである。
江戸時代には、辻に子供が立って御籤(これも一種の占いである)を売るようになり、これも辻占と呼んだ。前述の辻占とは独立に発生したもので、直接の関係はない。さらに、辻占で売られるような御籤を煎餅に入れた辻占煎餅(フォーチュン・クッキーはここから派生したもの)が作られ、これのことも辻占と呼んだ。
ーウィキペディア「辻占」から引用
やはりここでも辻というものが彼岸と此岸の境界、人外の特殊な力の宿る場所であるという認識が見られます・・・し、辻と橋が共通のような場所として扱われています。
こうした風習が端的に示しているように、辻(交差点)というものは万葉集というような古い時代から日本文化の中で街中にありながらも特別な場所として扱われてきているようです。
現代においてこうした辻占が残っているのはごく一部の神社などのみのようですが、フォーチュンクッキーのような種類の「辻占」としては、現在も石川県などの地域でお正月に食べるおみくじ入りのお菓子が売られているようですよ。
参考HP:ウィキペディア「辻占」
こまつ観光ナビ「石川の伝統菓子「福梅」と「辻占」をご存じですか?」
ハッケンジャパン「和菓子と暮らせば~金沢の招福菓子、「辻占」をみっつ選んで運だめし」
厄落としと節分と四つ辻

厄年。日本の各地で今でもわりと色濃く残っている風習ではないかと思うのですが、こちらも神社の厄払いなどの他に、自宅近くの十字路を使う地域があるようです。
国際基督教大学教育研究所研究員の服部純子氏が発表している「農耕者と漁労者の比較心理(3)通過儀礼における霊魂観」に次のような記述があります。
男子の四十二(死に)歳と女子の三十三(惨々)歳を大厄とし、親戚や友人を招き盛大な厄払いの宴を開くところが多かった。
(中略)
とりわけ漁村では、四十二歳の男子については一生の中で最も盛大に催された。親戚や知己を招き二、三日から家によっては一週間も祝いをすることもあった。厄年の人は夜通し飲食し、早朝に家の出口にて四方を拝み、さらに村の十字路で賽銭を撒いて四方を拝んだりした。
ー国際基督教大学教育研究所研究員/服部純子「農耕者と漁労者の比較心理(3)通過儀礼における霊魂観」P165から引用
このほかにもたとえば愛媛県などの一部地域では、「節分の夜に靴と年齢の数の豆を人に見られないように自宅近くの十字路に置いて、振り返らずに家に帰ってくる」という風習がいまも残っているようです。
地域によっては靴と豆ではなくて豆のみだとか、豆と少額のお金を置いてくるところだとかもあるようですが・・・「後ろを振り返らずに」という戒めはイザナギ神がイザナミ神を助けるために黄泉国に下った際の逸話を思い出します。
また、節分と言うと豆まきが有名ですが、この節分においても一部の地域では節分の夜に十字路を訪問する形で厄払いを行う地域が存在するようですよ。
参考サイト:
言い葬儀NET「厄払い・厄除け・厄落としとは?違いや最適な時期、方法」
EXCITEニュース「節分の夜に十字路で「厄落とし」をした」
トラベルJP「四辻に現れる不思議な履物!愛媛・愛南町の節分奇習」
SKYWARD+「節分とは?2024年は2月3日|豆まきや恵方巻の意味と由来」
参考論文:国際基督教大学教育研究所研究員/服部純子「農耕者と漁労者の比較心理(3)通過儀礼における霊魂観」
※ちなみに「節分」に関しては、節分が一年の終わりと始まり、つまり一年と一年の境界に相当し、「異界の者が出入りしやすい不安定な時間帯」とする向きが存在します。つまり十字路や三叉路という「空間における彼我の境界」だけでなく、「時間における彼我の境界」も意識がなされていたということ。(この記事にあげる風習の多くも日の指定と晩の時間などの規定がありますよね)
この節分に関しては「北東鬼門」という、古代中国において「方位における彼我の境界」としての扱いが見られたものと同一の起源にあるという説があります。そのあたりについて詳しく知りたい方は下記の記事をご覧いただけたら。
(念のためですが、現在の中国風水では北東や南西を特別視することは一切なく、たとえば北東の玄関は吉となることもあれば凶となることもあり、一軒ごとにその吉凶は異なります。)

京都南部~奈良県北部の風習「正月の砂道」

つぎに、先の節分などと少し類似したものとして京都南部~奈良北部の南山城地方で行われていた「正月の砂道」という風習について紹介します。
奈良県北部から宇治あたりまでの南山城一帯に、「正月の砂道」という習俗がある。
(中略)
十二月の大晦日の晩に人通りがなくなると、用意してある白砂を村の辻から家のカド(門)まで撒き、これを正月の砂道とよんだ。
砂は川砂を使うところもあり、山砂の村もある。カドに松の木の形に撒くとか、近所そろって村の氏神の社頭に撒いたところもあるが、辻からカドへというのが基本形だろう。
辻は単なる四つ角ではない。その近辺に住む人々にとり、そこから見知らぬ土地に向けて出発し、そこへ見知らぬ国の旅人がやってくるような、ターミナルの原点というべき場所である。
ー小松和彦氏編「怪異の民俗学8境界(うち、高取正男氏「四つ辻とあの世」)」P91ー92から引用
ここで書かれる砂道の習俗は高取氏も書くように正月に満年齢で家族一緒に年を重ねる考え方が廃れてからは急速に衰退してしまった風習だとのことですが、先に書いた節分などとも同様に、「時間的な境界」の年末に「空間的な境界」を重ねるような考え方が見て取れるものです。
こうした砂道について高取氏は「辻などとよばれる部落内の一定の場所や、墓地から家のカドまで砂を撒く」「神や祖先の霊を家で迎えて祀るための用意」であったのではないかと述べています。
この砂道の風習はネットで検索しても一般住宅の例を見つけることはできませんでしたが、今でも奈良の一部の神社などで「神様の通り道」などとして扱われる風習のようですね。
参考書籍
参考HP:ORICON NEWS「年末年始限定!奈良県大和郡山市「砂の道」は神さまの通り道?」
集落に疫病や災いを呼ぶ魔物/辻神・七人同行・七人ミサキ

ここまでみてきたように、古くから日本各地の風習において辻、つまり交差点を霊界との境界、不思議な力の及ぶ場所として扱う慣習は多く存在しています。ここからは風習などではなく、日本の民話などにみられる「辻の不思議な存在」についてみていこうと思います。まずは人に対して害をなす辻の魔物から。
辻神
これは辻辻にいる魔神で、通常は「ツジーカミ」といわれ、鹿児島県屋久島と、淡路(兵庫県)の三原郡沼島の四辻に存在する。
昔から、道路が交差するところには、魔物がすみつきやすいとされている。それは、辻がこの世とあの世の境界になっているからだという説がある。
丁字路で、一本の道がほかの道に交わるその突き当りの正面に家を建てた場合など、とくにこの「辻神」が家の中に入り込むのだそうだ。
そうした家では病人が絶えなかったり、不幸がつづくといって、これらの地方ではぜったいに辻に家を建てない。
かりに建ててしまった場合には、道の突き当り正面に、”石敢當(いしがんとう)”というものを建てる。これは一種の魔除けで、長方形の石に”石敢當”の文字をきざみこむのだという。
ともかくも、辻は危険地帯であるから、家を建てるときは注意しないといけないとされる。
ー水木しげる「日本妖怪大全」P293から引用
ここでは石敢當の記述も見られますが、このように辻というところは「人ならざる神様のおわすところ」という扱いを受けていたことがさまざまな文化においてみられます。
この集落に疫病をもたらす魔物は、鹿児島県屋久島や兵庫県淡路島では「辻神」「辻の神」などと呼ばれ、類似のものに「七人同行」「七人ミサキ」といったものがあります。
七人同行
一種の行き逢い神で、香川県では、これに行きあたると死ぬと言われている。目に見えるわけではないが、牛の股の間から覗くと見えるとか、耳の動く人には特別に見えるなどとも言われ、ことに動物などは敏感に反応するようである。
ある人が牛を連れて歩いていた。すると、十字路に来たとき、急に牛が立ち止まっ動かなくなったのでどうしたのかと思い、牛の股の間から向こうを覗いてみた。と「七人同行」が行列して歩いていくのが見えたという。
香川県ではまた、「七人童子」という怪がある。やはり四つ辻で出会うと言われ、仲多度郡では人の通らない四つ辻があるという。
(中略)
これらの怪によく似たものに、高知県では、「七人ミサキ」と呼ばれるものがある。海の溺死人がなるといわれ、溺死人が七人集まって怪をなすというものだ。
ー水木しげる「日本妖怪大鑑」P148から引用
ここで見る限り交差点というものそのものは神霊的、あるいは悪魔のような力の宿る場所とされるもので、その交差点そのものを忌避する動きがある中で丁字路のような道路突き当りの形状はそうした悪魔のような凶の力を直接建物が受けてしまうものだと考えられているということのようです。
ここでこうした辻神などが持つ悪い力の結果として語られるものには「病気、不幸、死」といったもので、こうした悪い意味はまさにはじめに挙げた石敢當が対処するための魔物、「マジムン」の持つ凶の力、あるいは中国風水で言う「路冲殺(ろちゅうさつ)」とほぼ同じ内容のものです。
ちなみに、わたし自身のほうでこうした物件の対処として石敢當などのアイテムの設置を薦めることはありませんが・・・とはいえ(よほど高いものなどでなければ)設置することを私自身が否定するものではありませんよ。
参考HP:ウィキペディア「辻神」
参考書籍:水木しげる「日本妖怪大全」「日本妖怪大艦」
集落の守り神・縁結びの神としての岐の神・道祖神・塞の神

先に辻の魔物というべき存在についてみましたが、辻の扱いはあくまでも両義的なもので、辻神の例とは逆に、辻には疫病などから民を守ってくれる神様もまたおわすところともされています。
そうした神様の例としては岐の神(くなどのかみ/ふなとのかみ)や道祖神(どうそじん)を挙げることができます。
岐の神や道祖神について、ウィキペディアに次のような文が記されています。
岐の神(クナド、くなど、くなと -のかみ)とは、古より牛馬守護の神、豊穣の神としてはもとより、禊、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されている。
日本の民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神である。また、久那土はくなぐ、即ち交合・婚姻を意味するものという説もある。
(中略)
「くなど」は「来な処」すなわち「きてはならない所」の意味。もとは、道の分岐点、峠、あるいは村境などで、外からの外敵や悪霊の侵入をふせぐ神である。
ウィキペディア「岐の神」から引用
日本神話において道俣神(ちまたのかみ。「ちまた」は「道の股」を指すものでまさに交差点のことです)というイザナギ神によって生み出された岐の神との兄弟神とでもいうべき神様がいらっしゃいます。
また、境界というものは旅人が集落に入る場所であり、かつ集落から旅人が向かう場所でもあることから、道中安全の祈願、旅人の守り神としての道祖神もまた辻におわすことが多いかと。
道祖神(どうそじん、どうそしん)は、村境、峠などの路傍にあって外来の疫病や悪霊を防ぐ神である。のちには縁結びの神、旅行安全の神、子どもと親しい神とされ、男根形の自然石、石に文字や像を刻んだものなどがある。
(中略)
各地で様々な呼び名が存在する。道陸神(どうろくじん)、賽の神、障の神、幸の神(さいのかみ、さえのかみ)、タムケノカミなど。秋田県湯沢市付近では「仁王さん」(におうさん)の名で呼ばれる[。
(中略)
道祖神が数多く作られるようになったのは18世紀から19世紀で、新田開発や水路整備が活発に行われていた時期である。
ウィキペディア「道祖神」から引用
ここに見られるように、これらの神様は①集落を悪鬼や疫病から守る守護神、②男女の交接をつなぐ神様(=ひいては子孫繁栄の神様)、③旅行者の守り神としての意味を持つように言われるもので、先の節までに見てきた疫病、災厄をもたらす悪鬼の場所と、除災、祈願の場所と言う両義性を見ることができるものです。
そしてこうした男女の縁を繋ぐという意味合いにおいては、地域によっては男性器、女性器を模した石像などが辻に配置されているところもあるようです。そのあたりのどのような経緯で辻神が男女交接を意味するように至ったかの考察は倉石忠彦氏の「都市と道祖神信仰」の論文に詳しいです。
ちなみに塞の神(さいのかみ、さえのかみ)さまについてはこうした道祖神様らの別名とも言われるもので、お地蔵様やアラハバキ神についても道祖神様らとの関連が語られるものですよ。
参考HP:
参考論文:倉石忠彦氏「都市と道祖神信仰」
徳島県名西郡神山町内の「オフナトサン」信仰とヒルコ様

先に挙げた岐の神(くなどのかみ)信仰の例として、徳島県名西郡神山町内に767基の祠が見られるとする「オフナトサン」信仰というものがあります。
基本的には先に書いたような旅人の守護神としての道祖神、病を取り除いてくれる治癒神、また子供を守って頂ける存在として地域で信仰を得ていた存在であるのですが、ここではオフナトサンは「蛭」の神様として扱われているようです。
神山町の文化財保護審議会の大粟玲造氏を中心とした38名のメンバーによって足掛け2年の調査を経て1979年11月に刊行された『神山のおふなとさん』に、このオフナトサン信仰の概略について以下のような記述がみられます。
少し長いですが抜粋して紹介します。
(2)祭ってある場所・位置
一定していない。部落の入り口、旧道の路傍、家の庭、表庭、裏庭、勝手口(裏口)の出た所、屋敷の門、入り口、本宅と納屋の間、または土蔵との間、田の端、畑の端、石垣の中、庭先のゴミ捨て場所のような所、泉の上、水源地、とい水の落とし口など千差万別・・・
(中略)
(6)その他一般に信じられていること
(イ)オフナトサンは十二(三)人の子供があるので、参拝するときには家を出る時から口をきかず、途中で人に会っても無言で参拝しなければならない。万一にも音を立てると子どもが目をさまして、供物が親の口に入らない。げたばきは音がするのでいけない。かしわ手も遠慮する等々。
(ロ)豆の入った飯・・・大豆、小豆飯、赤飯を供えると、子供が豆を拾っている間に親が食べることができる。
(ハ)オフナトサンの体は蛭だから塩分はいけない・・・各地
(ニ)オフナトサンへの供物を家の中の、うすまたは粉ひきうすの中で祭ることを少数の家庭ではあるが行われている。
(ホ)子どもの健康を守ってくれる神・手や足のいたみをなおしてくれる神・旅の平安を守ってくれる神。
近藤直也氏「岐神信仰論序説ー徳島県下の特異性についてー」P167から引用
さらに近藤直也氏はこの岐神信仰に関して多数の論文を発表している方ですが、これら岐神信仰のルーツの一つとして、「イザナギ神、イザナミ神の二柱が黄泉平坂において生と死の世界の境界に打ち立てた杖が岐神と化神した」可能性を指摘しており・・・
かつ、このイザナギ神イザナミ神の黄泉平坂の逸話が「洪水神話」と類似した構造を持つものであることもまた指摘されておりめちゃくちゃ興味深いです。
ちなみにヒルの神様というと、ヒルコ様はイザナギ神とイザナミ神の第二子であった存在ですし、日本では商売繁盛の神様である「恵比寿さま」もまたこのヒルコ様との関連として扱われるもので。
かなり長い論文ですがとても興味深いので興味のある方はぜひ読んでみて頂けたら。
参考論文:近藤直也氏「岐神信仰論序説ー徳島県下の特異性についてー」
集落の境界と集落内部の小さな境界
ここまで見てきたように、交差点(辻)というものが特別視されている背景には、もともと「境界」というものに対する畏怖があったものと考えられます。
萩原秀三郎氏の「目で見る民族神 第三巻 境と辻の神」においても、日本の民俗学の大家、柳田邦夫氏の言葉を引用しながら三途の川における奪衣婆と境界神たる賽の神の根源が同一である可能性を指摘されていまして。
(前略)
境界を最も明確に示すものに三途の川がある。川の辺にあって死人の着物をはぎとると老婆がソウヅカの姥だが、皆、品川のお台場にあった葬頭河の婆が川崎市の川崎大師に移されて今も祀られている。
(中略)
柳田邦夫の「石神問答」によると「サヒノカワラ及シャウヅカは現世の地名にして賽神(※)に出づ。」とある。
(中略・以下写真付き例示として)
川崎のショウヅカノバアサン。昔から歯の痛みを癒し、容貌も美しくなるとか、健脚になるとか言われている。
群馬県利根郡片品村のショウヅカの姥。土地ではミソナメバアサンと呼んで、願いごとのあるときは口にミソをなめさせる。
ー萩原秀三郎「目で見る民族神 第三巻 境と辻の神」P30-31から引用
以下サイト管理者注
※・・・賽の神。前述の境の守り神、道祖神様の別名です。
こうしたものを見ていても、「彼岸(あの世、もしくは霊的な世界)」と「此岸(現世)」という境界を日本人は節分などの時間的境界、そして空間的な観点から見出していたものだと思われます。
その中で空間、場所としての境界には大きなものとして日本神話における彼我の境界、黄泉平坂であったり、あるいは三途の川というような最たるものがあり、
それが日常生活の場に見いだされる中で「共同生活の場である集落の内と外の境界」という大きな境界、たとえば宮廷の門であったり、集落のもっとも外縁側の辻であったり、川、橋、あるいは山のふもとなどといったものであったのでしょう。
そしてそうした空間的な境界は時代を下るにつれていつしか大きな境界に留まらず、集落内に多数ある四つ辻、三つ辻などにも同じ考えが派生していったようです。
こうした問題について近藤直也氏は、先に挙げた『岐神信仰論序説ー徳島県下の特異性についてー』P28において天慶元年(938年)の著作とされる『和名抄』から「最近の流行現象として、東ノ京、西ノ京の区別なく、また大路・小路の区別なく、『衝(ちまた)』即ち道の四つ辻という辻に木彫りの岐神が建立祭祀されていた」という記述を紹介しています。
そしてこうしたものが前節に挙げたような屋敷の門や住宅の入り口、勝手口、あるいは庭というような住宅ごと固有の小さな境界に収斂されていったのではないでしょうか。
この節の最後に八木康之氏による「境の場所」のありようについてまとめていただいている内容がとても興味深いので紹介します。
一 疫病や災厄の侵入を防ぐ。
二 不浄のものや害をなすものを放逐する。
三 魔性のものが出現し危害をなす。
四 憑き神がとりつく、あるいはこれに手向けや供養をなす。
五 神霊を祀り、さまざまな祈願をする。
六 神意を聞き、神の霊威を感得する。
七 神霊が器物を人に貸し与える。
八 隠れ里に通じる。
九 死者の霊を迎え送る。
ー小松和彦氏編「怪異の民俗学8 境界 (うち、八木康幸氏「村境の象徴論的意味」)P182から引用
こうして八木康幸氏が境界についてまとめて頂いた内容とここまでに見たような日本各地における辻の扱いをを眺めてみると、交差点というものがまさに境界として扱われているものだと見て取ることができるのではないでしょうか。
そして、ここまでに見てきた日本の様々な慣習、民話などにおける辻の扱い、そして八木氏がまとめて頂いているこの交差点の文化的扱いは世界各地にもとてもよく似たものが見られます。
参考論文:近藤直也氏「岐神信仰論序説ー徳島県下の特異性についてー」
参考書籍:萩原秀三郎「目で見る民族神 第三巻 境と辻の神」
小松和彦氏編「怪異の民俗学8 境界」
ギリシャ/エジプト神話における交差点と神々
ここからは日本以外の海外諸文化における交差点の扱いを見ていきます。
はじめにギリシャ・ローマ・エジプト文化圏におけるこれらの扱いを見てみます。
ギリシャ神話の三叉路のヘカテー

まずはギリシャ神話のヘカテー神からです。
ギリシャ神話における「ヘカテー(ヘカテイアとも)」は、「冥府の女王」というイメージが強いものですが、もともとヘカテーの名はエジプトの産婆の女神ヘカトに由来しているものとされ、月と魔術、豊穣、浄めと贖罪、出産を司っていたとされています。
また、こうした側面の他、ヘカテーはヘシオドスの「神統記」によると「当時とても有力視されていた神様の一人で、夜になると十字路や三叉路に現れ、願う者に福運を授ける」という一面があったそう。
また一説によるとヘカテーは、天界、地上と、そして冥界を行き来する力を持っていたそうで、「三相の女神」として描かれることが多く、古代にローマにおいてはヘカテー・トレヴィア(「三叉路のヘカテー」)という呼称で呼ばれてもいたようですよ。
日本で言うなら辻神などに見られる悪鬼としての側面とオフナトサン信仰などに見られる出産の神といった側面が色濃いように感じます。
参考HP:ギリシャ神話・伝説ノート「ヘカテー」
世界の神話・伝説WAQWAQ「ヘカテー、魔女の女王。崇める者を成功へ導く、闇と魔術と死の女神」
リーディングのための基礎知識「ヘカテ【闇夜、魔術、出産、あらゆる成功、浄化、十字路】」
HAL星研「月の女神アルテミス,セレネ,ディアナ,ルナの関係」
ギリシャ神話の「旅人の神」ヘルメース

つづいてヘルメース神です。ヘルメースはかのゼウス神の子とされ、オリンポス十二神にも数えられています。
ヘルメースは青年神で超越性を有する存在で、旅人の守護神、商業、学術、錬金術、境界、音楽、生殖、豊穣、幸運、そして死者の魂といったものを司り、冥界と天界、そして地上を行き来するとされています。
ヘルメース神の持つ特性の一つとして、「死者、特に英雄の魂を先導し、逆に冥界から死者の魂を現生に導く」という役目を担うものだとも。
また、こうした「旅人の先導者」といった意味合いのものからか、このヘルメース神を祀る「ヘルマ」と呼ばれる石柱像が交差点、とくに十字路に多く建てられていたのだそうです。石像に男性器がついているのはこの神様も生殖の神という一面を持つからですよ。
このヘルメース神においても、先のヘカテー神と似た性質を持っていますがここには道祖神としての役割も色濃く持っている存在のように思えます。
参考HP:ウィキペディア「ヘルメース」
ビタミンおっちゃんの花音ちゃん推しブログ「◎ギリシャ神話 26 オリュンポス12神 13」
エジプト神話の「水の女神」ヘケト

つぎに挙げるエジプト神話の水の女神ヘケトは先に書いたとおり、ギリシャ神話のヘカテー神の起源とも考えられている神様です。
ヘケト神は蛙の姿をした女神、もしくは蛙の顔と女性の体を持つ神様として考えられ、その司るものは「多産」と「豊穣」、「復活」などだとされています。(蛙と多産のつながりなどはイメージしやすいですよね)
そうした流れの中で民間信仰レベルにおいては安産祈願としての信仰も色濃かった模様です。
そして、このヘケト神の夫はナイル川を司る創造神クヌムであるとされており、夫婦ともども水、川との強いつながりが見受けられます。
ちなみにこのヘケト神やクヌム神に共通する属性は「川」です。エジプトの川と言えばだれもがナイル川を思い浮かべると思いますが、このナイル川は流域に恵みをもたらすものであったと同時に雨季の氾濫で古代エジプト人を苦しめたものであることは明らかなのかなあと。そしてこうした洪水といった意味合いにおいてはナイル川を統治する夫、クヌム神が司るところなのかもしれません。
ともあれこのヘケト神の象徴するものはかなりオフナトサン信仰の中身と似通ったものにも感じます。
参考HP:ファンタジイ辞典「ヘケト」
パパ、ときどきトト「優しきカエルはヘカテーの起源?出産の女神ヘケト」
中世以降のヨーロッパ文化圏における交差点
イギリスでの「自殺者、犯罪者の埋葬地」としての十字路

倉敷芸術科学大学名誉教授の藤高邦宏氏の「英米文化の背景「英米人の迷信・俗信」考(5)Ⅱ死」という論文には、イギリスにおいて長年にわたって、犯罪者、自殺者といった者たちをキリスト教の儀礼に則った正式な埋葬を行うことなく十字路に打ち捨てる習慣があったことが書かれています。
「聖なる儀式からはずされるすべての者は、かつては『四つ辻』に埋葬される風習があった。」
この埋葬に該当するのは、罪人、自殺者、不実の女、その他吸血鬼や魔女とされた者であった。また場合によっては、こうした死者についてはその例を永遠にそこに釘付けしておくため、死体の頭部や心臓部に鉄や木の「杭」が打ち込まれた。
この「四つ辻」への埋葬の理由は、「この者たちの霊がこの世に舞い戻ってきては困るので、どの方角を選べばよいのか判りにくくするため」とされた。
ー藤高邦宏氏「英米文化の背景「英米人の迷信・俗信」考(5)Ⅱ死」から引用
また、名古屋大学名誉教授の松岡光治氏の「ディケンズによる自殺の諸相」においても次の記述がみられます。
イギリスの民法では10世紀から、自殺者は心臓に杭を打ち付けられて十字路の脇に葬られ、財産はすべて国王に没収されてきた。
(中略)
そして、この不名誉で過酷な埋葬は1823年に廃止されるまで続けられ、財産没収の法は1870年まで法律で認められていた。
ー松岡光治氏「ディケンズによる自殺の諸相」から引用
キリスト教の教えにおいて自殺は大罪とされるものですが、キリスト教の教えが相当程度浸透した後のイギリスにおいてもこのような風習が残っていたようですし、それらは法律によって整備されるまで続いていた風習のようです。
たとえばINDEPENDENTSの記事「Crossroad Burials(十字路の埋葬)」などには実際に起こった事件の犯人が交差点に埋葬されていたことなどをリバプール市内の現在の交差点の場所まで特定して紹介していますね・・・、下にリンクを貼っておくので興味のある方はみてみてください。
なお・・・どうもこの十字路と「十字架」というものに関連があるとする説もあり、キリスト教との関りを想像される方は多いかと思いますしわたし自身いろんな点で考えることはあるのですがキリスト教に対して自分に知識がないために控えておきます。
参考リンク:INDEPENDENTS「Crossroad Burials」
参考論文:藤高邦宏氏「英米文化の背景「英米人の迷信・俗信」考(5)Ⅱ死」
松岡光治氏「ディケンズによる自殺の諸相」
「ファウスト伝説」などにおける十字路での悪魔との取引

かの悪魔メフィストフェレスと契約を交わして欲しいままに欲望を満たしてそして破滅し悲惨な死を迎えた男のお話、「ファウスト」。ゲーテの戯曲としてとても有名でこのゲーテの戯曲では契約の場は書斎になっているかと思うのですが・・・
この戯曲はゲーテの生み出したものではなくてヨーロッパに広く伝わっていた伝説から着想を得てゲーテが編み直した物語です。
伝承として語られるところによると、1480年頃または1466年から1541年頃にドイツに実在したとされる錬金術師ヨハン・ゲオルク・ファウスト博士(占星術師、魔術師、また詐欺師とも)の逸話がベースになっているとされています。
この逸話がはじめて公に紹介されたのは1568 ~ 1581 年または頃に匿名のドイツ人作家によって書かれて1587年に出版された「Historia von D. Johann Fausten(ファウスト伝説)」であるとされ、その一節にはファウスト博士が悪魔を呼び出す儀式を行った場所が交差点であると記されています。
(ちなみに冒頭に挙げた画像はこの1587年版の伝記を基にした映画からのワンシーンです。ユーチューブにも動画あります)
また、このファウスト伝説に類似するものとして、武蔵大学人文学部ヨーロッパ比較文化学科名誉教授である鈴木滿氏の「ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ伝記集』試訳(その四)」に『ディトマルシェンの荒れ狂う猟師(デア・ヴィルデ・イェーガー)』という民話が掲載されています。少し長いので抜粋しながら紹介します。
ディトマルシェンの地に、狩りが何より好きな荒くれ者の猟師がいた。彼はある時丸一日かけても鳥の一匹も撃ち落とすことができなかった日の不機嫌な帰路において、背中にたくさんの獲物を背負った見知らぬ猟師を十字路で見つける。
彼はその見知らぬ猟師に猟銃の技術向上の秘訣を聞き取ろうとしたところ、「秘伝を教えてやってもいいが、決して人に他言せぬこと」と呪術めいた方法を教えられ、恐怖の内に帰路についた。
その後猟師は見知らぬ男から聞いた猟の秘宝が恐ろしく、自宅にひきこもるようになってしまったが、そうする中で貧窮にあえぐこととなり、不審に思った妻が猟師を問いただし、見知らぬ男の秘伝を聞き出したうえで猟師たる夫にそれを実行するにと説いた。
その秘法はミサで扱う(キリストの身体の象徴である)聖餅を特定の日に太陽に向けて撃つ、というものであったが、太陽に向けて聖餅を撃つと天がにわかに曇りだして雷鳴が轟き、恐れおののいて帰宅すると自宅に雷が落ちて炎が燃え盛る様子を目にすることとなる。
猟師の妻子は無事であったが、そこにいつぞやの秘法を教えてくれた見知らぬ男が再度現れ、「俺との約束を守れなかったな。これからきさまは最後の審判の日まで狩りを続けねばならん。妻子どもは犬の姿になってきさまについていくのだ。」と言われ、その後その猟師は町の者から「荒れ狂う猟師(デア・ヴィルデ・イェーガー)」と呼ばれるようになったとのこと。
ー鈴木滿氏「ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ伝記集』試訳(その四)」からサイト管理者が抜粋して引用
この民話についてはもしかするとファウスト伝説に影響を受けた創作である可能性は否定できませんが、他にも「魔弾の射手」というオペラは「十字路で悪魔の弾を作法に則って鋳造」という内容でこれらの話にとても酷似しています。
これまでに見てきた神々、精霊においても「願いを聞き届ける」といわれる存在はいくらかあったものの、具体性のある民話としてはかなりパンチの効いたものではないかと。
参考HP:ウィキペディア「ファウスト (伝説)」
WIKIPEDIA「Historia von D. Johann Fausten (chapbook)」
雑学ミステリー「悪魔と契約する方法と悪魔と取引をした7人の人物」
@WIKIオペラ対訳プロジェクト「Der Freischütz 魔弾の射手 訳者より」
参考論文:鈴木滿氏「ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ伝記集』試訳」
南アジア文化圏(インド・チベット等)における交差点
ネパールの辻の神様カワンチャ
ネパールから、「辻の神様」カワンチャです。ヒンドゥー教系の神様?精霊?悪魔?のような存在で、骸骨の見た目をしています。
このカワンチャは夜な夜な十字路に現れては出会う人々に腹痛をもたらす存在なのですが、出会った際に適切なマントラを唱えて供物を捧げると病魔を追い払ってくれる守り神となるのだとも。
このあたり日本でも交差点にまつわる病魔と治療のテーマが散々出てきたことを思い出します。
冒頭にあげた動画は12年に一度(地域によっては6年に一度とのこと)ネパールではこのカワンチャ神やガネーシャ神などを含めた12の神々をたたえる仮面舞踏の場が設けられているそうで、それを「バライラブナーチ(たぶんネパール語記載は「भैरब नाच」です)」と呼びます。
・・・こういうの現地で見に行ったら興味深いよなあなんて個人的には思います・・・し、「12」と聞くと天体の区分や時間の単位に12って多いんだよなあとか考えたりしますがなにか関係があるのか気になります。
ちなみにゲームの「女神転生」シリーズで知っている方も多いのかも・・・というか、カワンチャの情報が少なすぎて調べるとゲームばかりが出てきます笑
Encyclopædia of Monsters / Fabelwesen「カワンチャ」
チベット/ブータンにおける交差点

つぎに、チベットではどうでしょうか。こちらは情報ソースがひとつだけなのでそのまま引用させて頂きます。
年越し行事は地方によって少し異なる。遊牧民のチベット人の間では、小麦の他に九つ以上もの材料を混ぜ合わせて作られた「グトゥク(年越し雑煮)」を九回食べなければ縁起が悪いと信じられている。
9回食べた後、無病息災と多幸を祈願し、最後の一杯を鍋に少し残す。練った小麦粉の団子を手にとって力強く握り、その団子で身体の右から左へ、頭から足先まで「ティロー・ティロー」と呪文を唱えながら身体全体をさする。
これは、その団子に身体の悪気、悪霊などを移すことを意味する。そして、各自が自分の邪気を移した団子を鍋に入れ、大皿に移し、普段通る三叉路の中央に置く。
大皿の真中に小麦粉で作った灯明、大皿の回りに「カター(絹や綿でできた儀礼用の白いスカーフ)」を置く。
チベットでは三叉路には悪霊や鬼が宿るとされ、鬼たちが大皿の邪気を持っていくと信じられているからである。
置きに行った人が白い石を持ち帰れば縁起が良いとされる。無病息災と幸運を祈る年越しの儀式である。
辻に豆や草履を置いて厄除けを祈願する日本の風習と通じるものがありますよね。
インド風水「ヴァーストゥ」における交差点
風水といいますと、中国風水の他にはインド風水「ヴァーストゥ」が有名ですが・・・このヴァーストゥにおいても、道路突き当りの住宅などの見方は基本的には中国風水の「路冲殺」とほぼ同じです。
ここで言われるものは負のエネルギーを宅内に呼び込む形状で、それは「住人の健康状態の悪化、また事故の誘発」といったものであったり。
ただし、サイト・・・といいますか流派によってはこの道路突き当りについても「方位ごとに異なる」とする学派もあるようで、「北、北東、東」からの道路突き当りは比較して好ましい意味を持ち、そのほかの方位においては凶の意味を持つとされています。(南東もあいまいなようで、ひとつのサイトでは南が最も悪いとされていますね)
※ちなみに中国風水においても道路突き当りが「どの方位からやってくるのか」に関する研究はありますがこのような固定化されたものではありません。
参考HP:VASTU PLUS 「Road or Roads – How they affects your vastu? – Roads – Vastu Roads」
APLIED VASTU 「T Junction or T point Road Hitting Vastu」
Geosols 「Vastu Tips for Road Hitting」
その他アステカ神話・ヴードゥー文化における交差点
アステカ神話の「夜の交差点に現れる女性の霊」シワテテオ

アステカ神話におけるシワテテオは、出産時に亡くなった女性の霊魂だとされています。
アステカ文明においては妊娠から出産までの期間は戦と同じく生まれ来る子供を守るための高潔な戦いであるとされ、出産で他界した女性たちは戦で他界した男たちと同様に崇められる対象となったそうです。
そしてこのシワテテオは冥界からの死者となり「トレセーナ」と呼ばれるアステカの暦上の特定の日の晩に十字路に現れて旅人を襲ったり、子供や若者を病気にしたり、狂気を誘ったり、生まれて間もない赤ちゃんをさらったりしたといいます。
このシワテテオを鎮めるために各地の交差点に祭壇を築いたり、またシワテテオに備えるためのケーキを置く習慣もあったそうです。
とはいえ、そうしたネガティブな面だけでなくこのシワテテオは戦場で戦う男の守り神となるという言い伝えもあったそうで出産時に他界した女性の中指や髪そのものが神聖な力を帯びた護符として扱われていたり、このシワテテオは太陽神が世界の周りを巡る運航の助けを行っていたとする一面もあったそうです。
参考HP:ウィキペディア「シワテテオ」
「十字路の守り神」ヴードゥー教のレグバ神
ヴードゥー教は奴隷貿易によってアフリカ大陸、特に現在のベナン共和国,トーゴ、ナイジェリアなどの西アフリカ諸国からアメリカに連れてこられたダホメ王国のフォン人がもともとの民間信仰とキリスト教を融合させることによって16~19世紀ごろに生まれた信仰で主としてハイチで発達したものと言われます。(そのため、もともとの西アフリカ諸国におけるヴードゥーとハイチのヴードゥーとは諸々の部分が異なるようです。)
そしてこのハイチのヴードゥー教はかなり呪術的な要素を含むもののようでそれはたとえば未来予測などの占術などと言ったもののみならず、特定の動物を自身に憑依させる霊憑き、ゾンビ化の儀式、あるいは治病のための呪術を用いた儀式などの要素を含みます。(そのため、西欧諸国から「悪魔崇拝」に近しいものとして非難、嫌悪されてきた歴史を持つものだとも)
そしてのこのヴードゥー教(西アフリカのものもハイチのものも)において、夜の十字路に現れるパパレグバ(=レグバ神)という神様がいます。(カリブ海諸国ではエレグア、アメリカではラバス、ブラジルではエシュ、キューバではエレグアなどとも)
このレグバ神は橋、門、柵、十字路などを司り夜の十字路や太陽の登る方位を守る神様、また時には太陽神としても描かれる存在で、「神の世界と人の世界を繋ぐ者」、「十字路の守り神」とされています。
レグバ神は通常、松葉杖や杖を持ち、つばの広い麦わら帽子をかぶり、パイプを吸ったり、ダークラムを飲んだりしている老人の姿で現れるものとされています。
そして、このレグバ神にはメフィストフェレスのように「人間と取引を行って願いを聞き届ける者」としての側面があり、20世紀に入ってこのレグバ神がとても有名になるきっかけとなった出来事がありました。
参考HP:ウィキペディア「ブードゥ教」
「悪魔に魂を売ってブルースで大成した男」ロバートジョンソンのクロスロード伝説
ここからは最後に挙げたレグバ神に関連するものとして、ブルース/ロック界の大御所の逸話を紹介します。
ここではじめに挙げるロバートジョンソンは「十字路で悪魔に魂を売って音楽界で成功した」という都市伝説を持つ人物で、その取引を行った相手は先に挙げたヴードゥー教のレグバ神だと言われています。
ロバートジョンソンと「クロスロード伝説」
ギターが上手くなりたければ、夜中の12時少し前に十字路にいって、一人でギターを弾くんだ。
そうすると『レグバ』っていう大柄の黒マントの悪魔がやってきてギターを取り上げる。
そうして彼がチューニングして一曲弾いてから返してくれる。その時から何でも好きな曲が弾けるようになるんだ。
ーaki’s factory「ブルースコラム「クロスロード伝説(ロバートジョンソン)」」から引用
アフリカ系アメリカ人であるロバートジョンソン(1911~1938)は、2003年度の「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において第5位に輝いたこともある伝説的なブルース歌手と称される人物です。
そして、このロバートジョンソンのクロスロードは「交差点の悪魔に魂を売ってギターの才能を開花してもらった男」に関して歌ったものとも言われており、この真偽不明な逸話は「クロスロード伝説」としてロック界に残る伝説の一つとされています。
このクロスロードについてはジェフベック、ジミーペイジとともに世界三大ギタリストと称されるエリッククラプトン御大が1966年から1968年にかけて「CREAM(クリーム)」というバンドで活動をしていた折のカバーのほうが有名かとも思います。
おお・・・やっぱ格好ええですな・・・こちらの方が自分は耳になじんでます。
と、話を戻しますとロバートジョンソンは音楽に強い興味を持ち19歳~20歳の頃に演奏家として舞台に立ち始めるも、演奏に対しては「酷いもいいところ」「あんなの犬だって聞いちゃいられない」「あいつからギターを取り上げろ」と散々たる評価を得ていた人物であったようです。
それが、そうした悪評のわずか2年後、「あいつは俺たちの誰よりも、ブルーズをたっぷりプレイできるようになっていた」とその周囲からの評価を一変させるに至ります。
こうした劇的なギターテクニックの変化の原因として巷で語られてきたものが「十字路での悪魔(レグバ神)との契約」です。
(実際にはこのレグバ神との契約についてはロバートジョンソンの10年ほど前に同じく急激に技術を上げてブルースの世界で大成したトミージョンソン(ロバートジョンソンとの血縁関係は無し。)がレグバ神との契約について語ったことがルーツにあるようです)
この劇的な変化の後、ロバートジョンソンはブルース界の寵児として活躍を見せますが、1938年8月16日わずか27歳で死去。
死因については女性関係のもつれによる毒殺だとか、先天的に持っていた梅毒を原因とする動脈瘤だとか様々な説があるようですが結局のところ不明です。
そして、この話の真偽はもちろん不明であるながらも・・・このロバートジョンソンがレグバ神と契約を交わしたとされる十字路はミシシッピ州クラークスデイルに実在しておりデルタブルースの愛好者にとって一種の聖地となっているようです。
(観光地化しているのは当時の十字路とは異なる場所のようですが、当時の十字路の場所も地元の方は知っているような記述がDI:GA ONLINEさんの記事に見られます)
そして、その後時代は下り・・・
参考HP:
aki’s factory「ブルースコラム「クロスロード伝説(ロバートジョンソン)」
U DISCOVER MUJIC JP「悪魔の音楽:ロバート・ジョンソンの人生、そして伝説の真偽とは?」
Iremeの見ざる言わざる「四辻に立つのは「悪魔」か?「神様」か?(前編)」
DI:GA ONLINE「世界の音楽聖地を歩く 第6回:ロバート・ジョンソン「クロスロード伝説」の真実」
「ギターの神様」ジミヘンドリクスと27クラブ
ジミヘンドリクスのvoodoo childとcrosstown traffic
動画はエリッククラプトンのクリームと同時代に活躍した「ギターの神様」ジミヘンドリクス(1942年11月27日 – 1970年9月18日))の1970年のライブの「Voodoo Child」ですが・・・
なんなんやこれは・・・!ギターが叫んどるやないか・・・!!!
と、どうでもよいぼくの論評はさておいて、このジミヘンはとんでもない逸話を数多く持つブルース/ロック界不世出の天才の一人でしょう。
かのジャズの帝王マイルスデイビスに「彼ほど音感の優れた人間はそうはいない」と絶賛を受けて熱心に共演を複数回持ちかけられていたこと(結果的にジミヘンの夭折により実現せず)や、先に挙げたクラプトンに「君はギターが得意じゃなさそうだからベースに転向したらどうかな」と言ってのけたというものなど・・・。
ちなみに、クラプトンはそんなことを言われたのちに「僕とジェフ・ベックが2人がかりでも、調子が万全のジミにはかなわないだろう」といった旨の発言をしています。(繰り返しますがエリッククラプトンとジェフベックは世界三大ギタリストと称される2人です。)
そんな彼の代表曲と言って差し支えないVoodoo Child(異論は認めます笑)ですが・・・歌詞はそのまんま「俺はヴードゥーの子供なんだよ!」と高らかに宣言するものです。
このジミヘン御大の父ジェームズ・アレン・ヘンドリックスはアフリカ系移民の父とアメリカ先住民チェロキー族の母親との間に生まれたブラック・インディアンであると言われており、彼のつくる音楽はいわゆるロックに分類はされるものの、ブルース色がとても強いものであることに疑いはありません。
先に紹介したロバートジョンソンは伝説的なブルース歌手であり、ロバートジョンソンが契約したとされる十字路を守る神様はヴードゥー教のレグバ神です。
ジミヘンがここで自身を「ヴードゥーの子供」だと称した意図はもはや知ることができませんが、ジミヘンの来歴を考えたら彼がそれらレグバ神やクロスロード伝説に関する知識がなかったとは考えづらいところでして。
また、ジミヘンにおいてはぼくの知る限りcross roadsを好んでカバーなどしていたというわけではないと思っているのですが、ジミヘン本人の曲にcrosstown trafficというものがあります。
・・・カッコよすぎてため息が出てくるわ・・・
ともあれ、改めてこのcrosstown trafficの歌詞をかなりはしょってぼくなりに訳してみると次のようなものです。
あなたは街中の交通渋滞のようなものだよ。あなたは俺に「少しの間きみの車に乗せてほしいんだ」って言う。
あなたのことを通り抜けるのは困難なことだけど、あなたの周りは渋滞をしすぎてて今や連絡をつけることすら難しい。
俺はあなたの上を通り過ぎる(run over)必要はないんだ。あなたを利用してあなたの上を通り過ぎた魂は俺ひとりだけじゃない。
あなたの背中には轢かれたタイヤの跡がたくさんだけど、あなたがそれを楽しんでいたことを俺はわかっているんだよ。
そして俺は町の向こう側で素晴らしいものを手に入れたよ。街中の交通渋滞、気を付けて、気を付けて。どうかあの通りに気を付けて。
※サイト管理者の恣意的な省略と翻訳です。
正直言ってまったく意味不明な歌詞なのですが・・・
仮にこれが「俺の恩人たるレグバ神よ、成功を願う人々が交差点のあなたに殺到してまるで町は渋滞のようになってしまっている。俺はあなたの俺はおかげで素晴らしいものを手に入れたけれど、レグバ神にお祈りを捧げたい人がいるならどうか気を付けて」という内容の歌詞だとすると筋道が通るかもなんて思うのはぼくだけでしょうか?
(ここで紹介した歌詞はぼくが勝手に要約してるものなので気になる方は全文をみてみてください。見るなら全文直訳がお勧めです。ちなみにヴードゥーチャイルドの歌詞は自分には理解不能です)
AZ LYRICS「the jimi hendrix experience rylics 「crosstown traffic」」
もちろんVoodoo Childやcrosstown trafficのが仮にクロスロード伝説を歌ったものだとしても、ジミヘン本人がレグバ神と取引をしたのかどうかは全くわからないのですが、
このジミヘンドリクスもまたロバートジョンソンと同じく27歳で夭折しています。死因としては、一般には睡眠薬の多量摂取による睡眠中の吐しゃ物による窒息と言われていますがこのジミヘンの死だけでかなり様々な考察がなされているものでして・・・。
そして、この話にはさらにまだ続きがあります。
参考HP:
Robert Johnson blues foundation「Jimi Hendrix Was A Fan Of Robert Johnson」
red goose「歌詞和訳:VOODOO CHILE(ヴードゥー教の子)ジミ・ヘンドリクス」
AZ LYRICS「the jimi hendrix experience rylics 「crosstown traffic」」
27歳で夭折したミュージシャン達の「27クラブ」
ここまでに書いたロバートジョンソンとジミヘンについてはともに音楽の世界においてとてつもない評価を得ながらも27歳で夭折した人物です。
ロバートジョンソンの没年は1938年でジミヘンの没は1970年9月18日とかなり時代に開きはあるのですが・・・
ジミヘンの同時代には、かのローリングストーンズの初代リーダーであるブライアン・ジョーンズ(1942年2月28日~1969年7月3日)、「伝説の女性ロックシンガー」などとも形容されるジャニス・ジョップリン(1943年1月19日~1970年10月4日)、「ハートに火をつけて」で有名なドアーズのフロントマンであるジム・モリソン(1943年12月8日~1971年7月3日)、といったいずれも当時の超一線級のミュージシャンが相次いで27歳で亡くなっています。(死因は様々です、ドラッグ中毒、自殺、詳細不明など・・・)
こうした異常な状況は世間に様々な憶測を生み、27歳で夭折したミュージシャン達のことを指す「27クラブ」という単語があるほどで、この27クラブについてはネット上でも無数の考察がなされ映画なども制作されているものです。
こうした中で、ブライアンジョーンズはジミヘンと親交が深かった(かつ、ブライアンが属したローリングストーンズの他のメンバーと不仲であった)ことは有名ですし、ジミヘンの死後わずか2週間後に他界したジャニスジョプリンはかつてジミヘンの恋人だとも噂された人物、ジムモリソンは他のミュージシャンと親交を持たなかったながらもジミヘンとジャニスジョプリンとは親交があった話は有名のようで。
またこれらの面々が牽引したヒッピームーブメントは西欧文化がもたらした唯物主義やベトナム戦争といった結果に対するカウンターカルチャーとして東洋や、その他「未開」とされた文化の神秘主義思想に接近したものともいえるとぼくは考えてます。
この時代にはLSDやチベット死者の書などを研究していたハーバード大の心理学者ティモシーリアリーがヒッピームーブメントの中のサイケデリックカルチャーとも言うべき文化の一端を担って、インディアンの呪術師ドンファンに係る文化人類学者カルロスカスタネダの著作が人気を博しており、そうした神秘主義に対する傾倒が強い時代であったように思います。
ビートルズの面々がこれらの時期にインドに滞在してヒンディー文化に傾倒していたことも有名ですし、中国風水の思想がアメリカに伝わったのもこのあたりの時代だと聞いたことがあるような。
とはいえこうした神秘主義思想はもちろん必ずしも良い結果のみをもたらしたわけはなく、その結果の悪しき結果の最たるものの一つはアメリカのキリスト教系カルト、人民寺院がもたらした900人を超える信者の集団自殺、「ジョーンズタウン事件」やその系譜に連なる「ヘブンズゲート事件」ではないかと。(興味のある方はググってみてください。)
話を戻しますと、仮にロバート・ジョンソンやジミヘンが交差点の神様と取引のような呪術的技法を行っていたとしたならば、神秘思想を求めた時代の潮流も相まってジミヘンの近しい人物たち、つまり他の同じ路線のミュージシャンたちにそうした神秘主義的なお話は伝わっていた可能性はあるだろうし、同じ表現者としての道を歩む中で自分もそうした呪術的な実践を行っていた可能性もまたあるのではないかなあと。(※もちろん単なるわたしの空想ですが)
ちなみにこの27クラブについてはその後もグレイトフルデッドの初期メンバーのロン・マッカーナン(1945年9月8日~1973年3月8日)、ストゥージズの初代ベーシストであるデイヴ・アレクサンダー(1947年6月3日~1975年2月)、さらに時代を下り1990年代最も成功したロックバンドの一つであるニルヴァーナのフロントマンであるカート・コバーン(1967年2月20日~1994年4月5日)、21世紀のイギリスを代表するシンガーとも評されるエイミー・ワインハウス(1983年9月14日~2011年7月23日など多くの27歳で他界した偉大なミュージシャンが名前を連ねるものです。
とはいえ、個人的にはこの記事に書いたようなレグバ神などの内容から関連付けを考えるとしてもはじめに挙げた数名まで程度ではないかと考えています。
もちろんはじめの数名の方々においても、これらの断片的な情報のみで27クラブの面々の不幸とレグバ神の関連は単なる可能性の一つでしかなく、単なる都市伝説の一つと捉えて頂けたら幸いですし、ほんとうは亡くなった偉大な先人たちに対するこのような考察はあまり良いものではないのかもしれないですが・・・
実際のところはどうだったのか気になるところですし、こうした話に交差点という不思議な場所の持つ力が関係があったのだとしたら、改めて「空間の意味」というものはいまの科学で測れるものではないのかななどと考えたりするところです。
※ちなみにこの27クラブについては映画化されていたり、メタル界の大御所KISSのフロントマンであるジーンシモンズが「才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?」という書籍を発表しています。映画はトレイラー見ただけで相当ホラー脚色バンバンなので紹介しないでおきますが、映画が気になる方は「27club movie trailer」あたりで検索かけたら出てきますよ。
参考HP:
ROLLING STONE JAPAN「27歳で他界した「27クラブ」のスター20人」
ブライアンジョーンズな日々「ブライアン・ジョーンズとジミ・ヘンドリックス」
ROCK STARS 星になった私の好きなロッカー達「JIM MORRISON」
中国伝統風水での「吉凶の起点」としての交差点
最後に少しだけ中国風水のお話も。
はじめに書いたようにこれらの交差点というものは中国伝統風水においても重要な役割を果たすもので、交差点と風水に関する話でもっとも有名なものは「T字路などの道路突き当りに建つ家は精神錯乱や突発的な事故や病などを呼び込むものとして風水が悪い」というものでしょう。
場合によっては先に挙げた石敢當と関連して語られるこのお話ですが、これは風水の世界で「路冲殺(ろちゅうさつ)」や「木箭(もくせん)」「毒箭(どくせん)」、「丁字路口(ていじろこう)」などと呼ばれるもので、突発的な不幸や災いなどを暗示する形殺とされるものです。
そしてこの「道路突き当りを特別視する」という思想は世界中かなりたくさんの地域で似たものが見られることはここまでに見てきたとおりで、世界中でこうした形殺を避けてきたであろうことが推測できるものです。
(ちなみにこれらの形殺については他にも諸々このサイトで紹介していますので興味のある方はみてみて頂けたら)

ですがこの路冲殺以外にも、風水理論において、交差点というものは大きな意味を持つところです。
まず風水では「水の流れは財を司るもの」として認識し、「道路は仮想の河川として判断を行う」ものとされています。
この「道路は仮想上の河川」という考え方については様々な考え方がありますが一つ言うならば古代における河川は物資の流通、交易といったものに大きな役割を果たしたもので、それは現代で言う道路と同じ「人間の流通を司り、財を運ぶもの」と捉えることが可能かということが挙げられるのではないかと思います。
この「河川と道路」の関係性については、エジプトの川を守る蛙の姿を持つ女神ヘケトがギリシャ神話の三叉路を守るヘカテーの源流となった可能性、あるいはイザナギイザナミの黄泉平坂の境界を語る逸話が洪水神話であった可能性、徳島の信仰においてオフナトサンが「蛭」の神様であったこと、道祖神の信仰が新田や水路などの整備とともに大きく進んだことなども非常に興味深いと個人的には感じるところです。
またそうした中で「病魔、災い、不運」といった凶事をもたらす悪魔の侵入口」としての交差点と、「厄災を取り除く、子孫繁栄や財、あるいは成功を得るための祈願の場所」としての交差点という両義性が多くの地域においても見られるところもここまでに見てきたとおりです。
そして中国風水のさまざまな理論において交差点と物件との位置関係などによっては吉凶の起点ともなりうるものです。
※これはたとえば「排龍訣」や「玄空六法」、「玄空大卦」、あるいはさまざまの「水法(水法はとても種類が多いです)」といった諸々の技法の話です。けして玄空飛星や八宅が風水のすべてではありません。
平たく言えば住宅と交差点の位置関係によって住宅は吉となり得ますし、交差点との位置関係が最悪ならばそれだけで物件としては凶の住宅となりうるもの。
そして数ある中国風水の技法の中にも「五鬼運財法」と呼ばれる「財をもたらすための技法」というものが存在します。
その五鬼運財法はいくつも種類があり、使用に成功したら迅速に福が舞い込むが、「一定の期間のみしか使用はできず、その期間を超えるまでにすぐに使用をやめないと不幸を呼びこむ」とされているものや、あるいは「財を呼び込むが同時に必ず凶をもたらす」と言われるものなども同様にあり・・・。
つまり、風水においても交差点の影響によって発動する「リスクを伴いながら霊的な存在からの力を借りて財を呼び込む」という技法が存在するという話です。(ちなみに「五鬼」の英訳はfive ghostsで、鬼というのは「霊魂、幽霊、精霊」という存在に近いものです。)
ちなみにわたしはこうした種の危険を伴うとされる五鬼運財については自分で使うつもりもありませんし、相談などの中でお伝えすることもありません。この種の技法に関してはある種で呪術に近しいもので、自分は単純に怖いですから。
※きちんとした使用法を守ればそうリスクを考えることのない五鬼運財法もまた存在しますのでそれらが全てではありません!五鬼運財にもたくさんの種類があるのですよ。
ただ、こうしたことを考えていると、ここまでに見てきたさまざまな文化圏における「交差点は彼岸此岸の境界の地で厄災の場所、祈願の場所である」というようなその土地その環境が持つさまざまな意味を読み解こうとしている研究が風水というものなのかもな・・・なんて思ったりするところです。
※ちなみにですが、たとえばここにあげた水法などについては、日本語の書籍だと山道帰一先生の「地理風水大全」や、レイモンド・ロー先生の「風水大全」、また坂内瑞祥先生の「玄妙風水大全」などにロジックの一部は紹介いただいています。・・・ただ、本を読むだけでどこまで理解ができるかはなんとも言えないところですが・・・。(頭がとても良い方なら理解できるのかもですが)
おわりに/「神様の居場所」と「ありふれたところ」
ここまでに見てきたものがわたしが交差点について考えていることです。ひいき目ながらこれら見てきた事例や逸話は程度風水のさまざまな理論に合致しているような部分も大きい気がしており、ぼく自身とても興味深く諸々を調べる作業が進みました。
こうした民俗学や神話のような話も自分は好きですし超自然的な力のすべてを否定するものではありませんが、(幾度も書くように)たとえそれが成功をもたらす可能性が高いものだとしてもこうした呪術的なものをお伝えなどすることはありません。相談を頂いた方にファウストのような最期を迎えていただくわけには参りませんので。
(とはいえこれもしつこいですが、風水で財を求めるすべての技法がこうした呪術的なものに該当するわけではなく、財を求める技法のすべてを否定するわけではなく、自分自身使用しているものも相談の中でお伝えしているものもあります)
あるいは風水に関しては今後こうした例に「たまたま」適合している例を多数みることができたら考え方は変わるものかもしれませんが・・・それはどれだけ先のことになるものやら。
また、こうして様々な文化圏でこれだけの共通した話が出てくるとなるとやっぱり路冲殺は嫌だなあ・・・なんてことは思ったりします。風水理論における路冲殺においても、ケースケースの内容によって象意はもちろん全く異なるものではありますが、やはりできるなら避けた方がいいのだろうなと。
もう一つ、石敢當や八卦鏡、あるいはお札なんかの悪魔よけのアイテムについては、ここに挙げたチベットの例が示すように対処は文化によって変わるものです。
そのため私は、基本的には自社アイテムを「これしかない」と売る方については私はひとまずは距離を置いてみています。
たとえば石であれ、八卦鏡であれお札であれ、そうしたものが持つ力をすべて否定などはできるわけがなく、中にはほんとうにすごい力のある方はいるのだとぼく自身信じていますし、そうした神秘的なもののすべてを否定できるわけではないんですけどね。
それで最後になりますが・・・ギリシャ神話において三叉路を司る女神ヘカテーが存在することは先に述べたとおりですが、ヘカテーのローマ神話名は「ヘカテートリウィア」というもので、トリウィアという言葉はラテン語で「三叉路」を意味します。
そして「くだらない豆知識」のようなものを意味する「トリビア」についてはこの「どこにでもあるありふれたものである三叉路」が語源になっているとする説があったり。
それってなんだか、世界の様々な文化圏において「神や悪魔の住む彼岸此岸の境界」として畏れられていた交差点が、デカルトに始まったいわゆる西洋科学の発達とともに「取るに足らないありふれた場所」として矮小化されていった歴史を見るようでとても興味深いなんて思います。
きっとそれは風水もまた同じ話で、わたし自身は風水を信じる身ですし、交差点というものの重要性は風水の世界の中でとても痛感はしているところですが・・・
これから30年、あるいは50年後の方たちが三叉路や十字路といったものを語るときの立場はどのようになっているのでしょうか?
それではこの記事はここまでです。最後まで読んでいただいたあなたに交差点の神様のご加護のあらんことを。
このサイトでは文化論のようなお話や音楽のお話は残念ながらいまのところ他にありませんが、しいて言うなら文化論に近いものとしてこの記事を楽しんでいただけた方なら「北東鬼門」のお話は面白く思っていただけるかもです。

他にもわたしの専門は中国伝統風水ですのでいくつか記事を紹介させていただけたら。


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